理事長の呟き

〜アンチエイジング医療に邁進する精神科医のひとり言〜

Vol.037

『シュウネン』

ブログメインタイトル

今度は新たにケンタウロスとかいう名前の変異種が登場してきて、いつまでたっても落ち着かないコロナ禍に、ウイルス以外では世界各地において記録的な猛暑が続いて、山火事だったり、ダムが干上がったりと、明らかに異常気象が続いております。そんな8月になってしまいましたが、コラム読者の皆様方に於かれましては、その後もお変わりなくお元気にお過ごしでしょうか?

全く個人的なお話で恐縮ですが、小生は今月中に生誕60周年の“還暦”を迎えさせていただきます。ここまでの人生60年を振り返ってみましても、まあとにかく大きな怪我や大病によって入院や治療を余儀なくされることは一度もありませんでした。また医者になってから30年以上になりますが、体調不良を理由に外来業務を1日たりとも休むことなく続けることが出来たのも、このような丈夫な体に生んでくれた、これまた先月に人生88周年の“米寿”を迎えてくれた母親にただただ感謝する次第でございます。

自分が幼かったころ(シンドウと言われて小刻みに震えていたころ)、60歳は還暦と言って赤い帽子に赤いちゃんちゃんこを羽織ってお祝いするものだと教えられましたが、当時自分が思い描く60歳の男の人なんてはっきり言って『ジジイ』と一言で片づけられる人にしか思えておりませんでした。まさに多くの人は定年退職を迎えて、残りの余生をのほほんと過ごす時が来たのだと、何かもう人生の終焉を迎えた人達のようにすら正直思えていました。

ところが、いざ自分がその立場になった時にどうかと言えば、まだまだ住宅ローンも完済しておらず、娘の大学の授業料をあと何年も稼がねばならない現状に、当時の自分との思いとは大きなギャップを感じている次第でございます。テレビのCMでは「人生100年時代・・・」とか言っていますが、そりゃ~100歳になってもボケることもなく自分で好きに動けて、やりたい事も一人で出来て、何でもおいしく飲み食い出来ていれば、まだ人生の半分を少し過ぎた所と言えるのかもしれません。

しかしそんなことはまず不可能でしょうから、やはりこのあたりからは人生の幕引きへのカウントダウンをボチボチ考え始めた方がやはり賢明なのでしょうね。そんな人生の節目の“周年”において、今年が丁度きりの良いお仕事での周年を迎えられるアーティストの皆さんを勝手に調べさせていただきました。

まず私が生まれた年にデビューされた60周年が北島三郎氏、そして50周年になられるのが矢沢永吉氏、松任谷(荒井)由実氏、郷ひろみ氏に、石川さゆり氏、天童よしみ氏の演歌系と、グループではアリス、チューリップといったところのようです。ミュージシャンとはジャンルが異なりますが、ご縁があって当クリニックのCMにもご出演頂きました北野(ビート)武氏もデビュー50周年と、まあまあの大御所の方々が今年は節目の年のようでございます。

ついでに40周年まで行ってしまうと、ここでは小泉今日子氏、中森明菜氏、松本伊代氏、早見優氏、堀ちえみ氏、石川秀美氏、原田知世氏、という息の長い“当時のアイドル系”が目白押しでデビューした年のようです。生き馬の目を抜く芸能界にあって、これだけの年数にわたり生き残れたのは、運や才能だけではなくそれなりに大変なことやご苦労もあったのではないでしょうか。とは言えここもこの年齢になってくるとやはり健康第一なのですが・・・。

どこの世界にも先輩・後輩の上下関係はございますが、吉本興業での兄さん、姉さんは年齢ではなく、早く舞台に立った順番で上下関係が決まるそうです。国会議員なんかは年齢もさることながら当選回数が物を言うみたいで、そこには一般人には理解できないヒエラルキーが存在するようです。大臣になる、ならないも、この当選回数で「まあそろそろあの人も今回あたりで・・・」みたいな感じで決まる部分も大きいといったような話もよく聞きますよね。

国の大事な舵取りをその人の能力や実力ではなく、ただ当選回数重視で決められてしまっては、国民としては正直どうかとも思いますが、永田町の論理は一般的な常識とは乖離するところは多々ございますので、本当にこのナンセンスは早く何とかならんものかと苛立ってしまうのは私だけでしょうか。

つまり議員なんてものは当選しなけりゃただの人でしかないわけですから、当選することに対しては必死になるのも無理はございません。しかし現在騒がれている新興宗教との絡みの部分は何とも奥歯に何かが挟まったような口ぶりで、言い訳ト-ク満載の人達ばかりであります。日本国憲法でも政教分離は定められておりますから、きちんとした説明は必要でしょう。

「選挙は戦(いくさ)であり、その戦い方の作戦を全て公にすることは出来ない・・・」と先日凶弾に倒れられた安倍元総理の実弟である岸防衛大臣は会見でそんなお話をされておられました。その戦いを勝ち抜くには多くのお金や人を動員する必要があるのでしょうし、そこにボランティアとして無償でお手伝いされる人達は一人でも多い方がありがたいのは分からんではありません。ではそこにはどんな方がかかわっても全く問題はないと言えるのでしょうか?

確かに「信教の自由」はこれまた憲法でも認められています、ですからどの宗教の人がどの政党の人をボランティアで選挙活動を応援しても問題はないと自民党の議員の方々は説明されておられるのでしょう。さて一方で「職業選択の自由」もしっかりと憲法で認められております。であるならば●▲組の明らかな反社の強面の方々が、ボランティアの名のもとに選挙事務所にお手伝いに来られても、それも全く問題はないと胸を張って受け入れられるのでしょうか?

そこには自分が選挙で勝つためなら、取り敢えず法律さえ犯していなければ何をしても構わないという、当選に対する“執念”だけの言動であるとしか思えません。落選すればただの人、落選すれば積み上げてきた当選回数も水の泡、落選すれば自分が行いたい政治活動は出来なくなる。確かにそれはそうではございますが、勝つためなら手段を選ばない、勝利こそが全てである、といった理念の人達にこの国の政治を委ねても本当に大丈夫なのかを考えさせられる2022年の盛夏となりました。

 

 

次回8月15日のコラムは夏休みを頂戴させて頂きまして、次回は9月1日に更新させて頂きます。皆様に於かれましてはこの酷暑とコロナ禍の中で、体調を崩されませんようくれぐれもご自愛頂き、どうぞ良い夏をお過ごしいただけますよう、心よりお見舞い申し上げます。

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